照る日曇る日第135回
若干31歳にしてこのような傑作を書いたE.M.フォスターは栄光の大英帝国が今まさに黄昏ようとする瞬間に立ち会った旧世紀の文人だった。
「インドへの道」と並ぶ彼の代表作「ハワーズ・エンド」は、フォスターが巻頭に掲げた有名な序辞only connectが象徴しているように、絶望的なまでに相反する異質なものを「ただ繋ごう」とする架橋の意思と熱情の物語である。
開明的な女主人公マーガレットと保守的な夫のヘンリー・ウイルコックス、ヴィクトリア王朝と社会主義、貴族と平民、富める者と貧しき者、知識人と民衆、都市と郊外、島国と大陸、不遜と謙虚、鉱物と植物、自動車と馬車、天国と地獄、精神愛と肉欲、親と子、神秘と卑俗、国家と個人、商業と農業、金融資本主義と人文主義、教養と無秩序、科学と文芸、詩的精神と散文的リアリズムなどがいたるところで対立し、お互いがお互いを攻撃し、それぞれがそれぞれを防御しようと試みる。
その結果、旧世界の階級秩序は随所で引き裂かれ、いくたの悲鳴があがり、勝者は驕り、敗者は絶望の淵に沈み、男と女の戦いははてしなく繰り広げられていく。
けれども神を捨て、神に見捨てられた産業革命時代の人間たちの悲喜劇を終始静かに見守っていたのはロンドン郊外の「古くて小さくてなんとも感じがいい赤煉瓦の家」、ハワーズ・エンドであり、ヘンリーの亡き妻ウイルコックス夫人であった。
ハワーズ・エンドには美しい牧場と屋敷と一本の楡の巨木があり、その巨樹の下にケルトとの精霊が棲んでいる。地霊はウイルコックス夫人の魂の故郷であり、彼女の偉大な魂は物語の女主人公マーガレットに相伝されている。
そうしてこの聖なる地と精霊と魂とが三位一体となってばらばらになって空中分解していた異質な人々をおごそかに結びつける。骨肉相食む近親相克や男と女の嵐のような騒乱を鎮めがとつぜん終わりを告げ、物語の登場人物はすべてこの聖別された場所に集い、そして別れて行くラストシーンは感動的ですらある。
「オンリー・コネクト。ものみな手と手を取り合いて繋がるべし。」
これこそが1970年90歳で死んだE.M.フォスターの私たちへの遺言であった。
吉田健一の訳はたぶん名訳なのだろうが、惜しむらくは彼が翻訳家としてではなく、作家として翻訳しているために語義の解釈が曖昧であり、小林秀雄のフランス語ほどでたらめではないが、ところどころ意味不明の迷訳がある。
おそらく2人とも安酒を喰らいながらのアルバイトのやっつけ仕事だったのだろう。できうべくんばたとえば村上春樹のような若手による、もっと正確で、誠実な翻訳で読みたかった。
♪Only connectただつながれといいしは英国文人E.M.フォスター 茫洋
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