Wednesday, July 01, 2009

小栗康平監督の最新作「埋もれ木」を見る

闇にまぎれて bowyow cine-archives vol. 6 

「埋もれ木」とは彦根の大老井伊直弼の話かと思っていたら、あにはからんや三重の鈴鹿の話でした。この町から大昔の炭化した巨木が掘り出されて話題になったので、それをタイトルにしたようですが、何千年前の壮大な森林、埋没林の威容をまざまざとしのばせてくれる黒い断木でした。

「木は切られても呼吸をしています」、とある登場人物が語りますが、すでに無くなったはずのものが、じつはまだどこかで生き残っていて、ある日突然その懐かしい面影を私たちに伝える。この映画を見ているとしばしばそんな場面に立ち会うことができます。

砂漠から町にやってきたラクダや浅瀬に迷い込んだ巨大なクジラ、森で踊っている妖精たちやトンパ文字……その思いがけないうれしさ、かけがえのなさを、この映画は手を替え品を替えまるで魔法の手品のように、サンタの贈り物のように手渡ししてくれるのです。

それにしてもこの映画の美しさは、とうていこの世のものとは思えません。1カット1カットが詩であり光と影に彩られた美しいタブローです。現実の鈴鹿の町のコンビニをキャメラがとらえたさりげない光景にしても、外国人労働者の国外退去を通告する役人の声も、どこかお伽噺のように非現実的です。

大人も子供も、男も女も、すべての人々はこの世にありながら、遠く忘れられた時代に生きている。いやもしかするとあの世とこの世を行き来しながらもの静かに暮らしている虚構の町の亡霊たちなのかもしれません。ラストの埋もれ木に取り囲まれた洞窟から放たれた赤いラクダが夜の空にゆらゆらと立ち上っていく幻想的な情景を、人は子供のころにいつかどこかで目にしたに違いありません。

鈴鹿町の住民をはじめ岸部一徳、田中裕子などの個性的な役者が出演していますが、とれわけサックス奏者にしてミジンコ研究者の坂田明のキャラクターが印象に残ります。そいいえば坂田さんは、小学館の万能キャメラマンの斉藤君をつかまえて、「ミジンコがちゃんと撮れなきゃあ一人前とはいえないぞ」と1ぱつかましたことがありました。


あの世とこの世を行き来しながらもの静かに暮らしている 茫洋

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