蛍の光
鎌倉ちょっと不思議な物語131回
昨日の夜、ことし初めてのヘイケボタルの輪舞を目撃した。
去年は6月4日に4匹、おととしは6月3日におよそ10匹出現しているから、もしやと思ってバスから降りて走っていくと、少なくとも7匹の蛍たちが雨上がりの滑川を高く、低くゆらゆら揺れながら飛翔していた。
それにしてもこの劣悪で過酷な自然環境のなかで、養殖ですらない天然自然のヘイケボタルが、毎年毎年数はまちまちであっても、決まったように同じ時期に姿を現すことは、それ自体ほとんど奇跡のように思われてならない。
蛍は普通は晴れた無風の日の夕方7時過ぎに飛び始め、およそ1時間で樹木の葉に止まってその日の求愛活動を終えるのだが、きのうは午後9時近くになっていたにもかかわらず、かなりダイナミックに飛び回っていた。
滑川に架かる小さな橋の下にいる雌雄の2匹は後になり先になって30センチくらいの光の輪を残しながらさかんに求愛の輪舞を繰り返すさまを、私は欄干によりかかりながらうっとりとして見飽きることなくいつまでも眺めていた。
きっと誰にも分かってもらえないと思うけれど、あまり面白くもなかった人生を泣いたり笑ったりしながら長らく続けてきて、結局こういう昆虫の無心の踊りを眺めているときが、私のもっとも幸福な瞬間なのである。そして私は、これ以上のよろこびと、こういってよければ快楽を、人生と世の中に対してもはや求めようとはけっして思わないのである。
すると、無限に続くかと思われる輪舞を踊っていたうちの1匹が、あきらかに私をめがけてまっすぐ飛んできた。
かつてこの橋のたもとにはウクレレショップがあって、そのオーナーと私はたった一度だけこの橋に出没する蛍の話をしたことがあった。それは既に蛍には遅すぎる7月のことで、結局彼は毎晩自分のアパートから滑川を眺めていたにもかかわらず、その翌年の冬に急な病を得て亡くなってしまった。
あれからもう5年くらいは経つのだが、こうして再びこの橋の上に立ち、年々歳々精霊の再来のように漆黒の空から降臨してくれるケイケボタルを見るたびに、私は鎌倉長谷生まれと言っていたあのドンガバチョに似たウクレレ製作者のことを思い出す。
♪ひいふうみい 七つも踊っていたよ ことしのほたる 茫洋
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