Friday, June 13, 2008

松浦理英子著「犬身」を読む

松浦理英子著「犬身」を読む

照る日曇る日第131回

私は犬が好きだ。かつて息子が天園のハイキングコースの茶屋近辺をねぐらにしていた野良犬を拾ってきたときも一目見るなり大いに気に入って、もっとも新しい家族の席を占めたのだった。

いらい二十年近く生活を共にしたが、日々新鮮な驚きがあり、愛犬ムクのおかげで我が家は無上の幸せを味わうことができたのであった。最晩年の老犬は両目の視力を失い、体力も臭覚も衰え、餌が目当てで同棲したドラネコに食物を奪われ、大好きな散歩に外出しても歩くのがやっとというていたらくで、飼い主の息子が帰宅するのを待っていたように一声上げて絶命したわけだが、その最後の瞬間もムクは私たちの心と共にあったと確信している。

そんな犬とのうるわしき交歓を堪能した私も、松浦理英子さんの犬に寄せる熱烈な思いと強烈な想像力には遥かに及ばないと知った。

本書の女主人公は、愛する女性の愛犬になる夢を抱き、あれよあれよという間にその途方もない夢を実現してしまう。いったいどのような魔法を使ってそれが可能になったのかは、この本を手にとって読んでいただきたいが、ともかく人間が犬に変身したり、女主人に忠誠を誓うその犬が人間語を解したり、ヒロインの数奇な運命に巻き込まれて異常な体験をしたりする非現実的で不条理極まりない物語を、いかにも真に迫って本当の話のように描いてしまう作者の強烈な想像力と驚くべきは筆力には脱帽せざるを得ない。

私だってこのムクが人間だったら、ムクが言葉を話せたら、と思ったことは何度もあったが、この私が犬になってムクと会話したり愛し合ったりしようとは夢にも思わなかった。松浦理英子さんはこの境界をいともたやすく飛び越えて、人畜同体世界に侵入し、人畜運命共同体という前人未踏の交信領域を開拓することに成功したのであーる。


♪じゃあねと言いあいて別れたのだがそれが永訣の時であった 茫洋

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