Wednesday, February 14, 2007

遥かな昔、遠い所で 第4回

両吟歌仙 「春の膳の巻」  
 

独活に蛸酢味噌よろしき春の膳      ろく水

   そよと吹き込む五弁の桜        楽斎

蝶来る窓辺に本の積まれおり        ろく

   学成り難くごろ寝するなり        同

満月を見つけし宵のうれしさよ        楽

   げにすさまじきゴッホの流星      ろく

     跳ね橋の袂に咲きたる曼珠沙華        楽

       お春恋しや沖の白雲          ろく

     バイカル号いま大桟橋を離れたり       楽

       鞄に潜めしピストル一丁        ろく

     議事堂の坂を一人で駆け上がる        楽

       チョン髷断ちたる代議士もいて     ろく

     大川の左岸は涼し夏の月           楽

       サン・ローランのパンタロン着て    ろく

     老将は死なずただ生き尽くすのみ       楽

       余寒にさする脛の古傷         ろく

     オフェリアの沈みし淵か花筏         同

       春告鳥の語尾は震えて          楽

     羅典語の教師板書で早や四十年       ろく

       ワインに厭きて蕎麦湯を愛す       楽

     碧眼の妻に古備前ねだられて        ろく

       茶髪駆け込む大門の質屋         楽

     夏草をわけて奔るや風の径         ろく

       雲の彼方の少年の夢           楽

     蒼穹の果て見て鳴くか揚げ雲雀       ろく

       虚無僧は行く蒲公英の道         楽

     罪ありて遠流されしや雛流れ        ろく
       
世阿弥をつつく鴉が一羽         楽

     砧打つ音なかぞらに月高し         ろく

       無為を楽しむ今朝の秋かな        楽

     猿沢の池を巡れば鹿が鳴く          同

       煎餅食いたし美形でいたし       ろく

     銀座に消ゆ絽に黒髪の謎のひと        楽

       真砂女に似たる猫あくびして      ろく

     わが庵に万朶の桜降りやまず         楽

       楽の音もまた春の夜の夢        ろく

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