Tuesday, September 15, 2009

ウルフ・シルマー指揮パリ・オペラ座管で「カプリッチョ」を視聴する

♪音楽千夜一夜第81回

リヒヤルト・シュトラウスの最高傑作は、もちろん最晩年に衰えた力を振り絞るようにして書かれたこの世への決別の「4つの最後の歌」ですが、その数年前に書かれた彼の最後のオペラ「カプリッチョ」は端倪すべからざる彼の最高傑作であり、意欲的な野心作です。

このオペラは、表面的には、芸術の構成要素のうちもっとも重要なものは詩であるかはたまた音楽であるのかを面白おかしく描こうとしていますが、それよりも「オペラとは何かという問題自体をオペラにした」ことが画期的です。

オペラには詩人(台本作家)と作曲家や演出家、プロンプターまで続々登場し、「はじめは詩、次は音楽」なのか、その逆であるかをめぐって派手な大論争を繰り広げますが、議論はより重要な役割を果たす演出に及ぶところがじつにコンテンポラリーです。とりわけ演出の果たすについて疑義を懐く登場人物全員から攻撃された演出家が懸命に弁護するくだりなどは圧巻で、オペラ演出のいかがわしさについて今から68年も前に、「オペラ上演の真っただ中で問題提起していたこのオペラの先進性はいまなお耳目に新鮮です。


さらに進んで、ギリシア神話や英雄たちが登場する旧態依然たるオペラ界を革新し、普通の市民を主人公とする日常生活をオペラにしよう、という議論は突然、「それではいま我々が繰り広げている論争自体をオペラに仕立てて我々全員が出演しようではないか。詩人と作曲家は一致協力してすぐに作業にかかってくれ」という提案でいちおうの解決を見るのですが、じつはそのオペラこそすでに1時間半にわたって私たちが実際に視聴してきたオペラなのです。

これから書かれるはずのオペラの大半がすでに上演されているというこの新しさ。そして、「このオペラをどのように進行させ、どのように終わらせるのか」が、このオペラの最大の問題点になるのです!

終幕のスポットライトはヒロインの伯爵令嬢に注がれます。じつはオペラの制作を担当する詩人と作曲家は、不倶戴天の恋のライバルであり、2人ともルネ・フレミング扮する美しい伯爵令嬢に求婚しているのです。さあ改めて詩(詩人)を取るか音楽(作曲家)を取るか、2つにひとつ。とらなければ恋も公演も成就せず、かといってどちらかを取ればただちに恋もオペラも崩壊します。

「ああ困った、困った。私はどうすればいいの。このオペラの終わらせ方をどうか教えてください!」
ハラハラドキドキのクライマックス。これぞ地獄の選択。絶望のアリアが悲しげに場内に響き渡ります。あのウエルメイドな「薔薇の騎士」の予定調和をかなぐり捨ててよくもこんなすごいオペラを書きあげたものです。

私が視聴したのは、ロバート・カーセン演出、ウルフ・シルマー指揮04年6月のパリ・オペラ座ガルニエ宮公演で、ルネ・フレミング、フォン・オッターに加えてあら懐かしやロバート・ティアーが特別出演しています。指揮は平板ですが演出と女声の歌唱が優れていました。クライバーはどうしてこの傑作を振らなかったのでしょう。



♪雨に打たれ街路に伏せたるアブラゼミ拾いて朝顔の葉に乗せたり 茫洋

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