Monday, September 14, 2009

2つの新聞連載小説を読んで

照る日曇る日第291回

今月9日の水曜日に朝日新聞の朝刊に掲載されていた「麗しき花実」という時代小説がわずか201回目の連載で終わりました。高名な画家酒井抱一やその弟子である鈴木其一たちと同時代に生きる蒔絵師の女主人公が、恋と芸術と生活のはざまで苦悩しながら、虚飾に満ちた江戸での徒弟生活に見切りをつけて郷里の松江に戻ろうとするところで、この小説はさながら情趣豊かな江戸時代の夕映えのように深沈たる終焉を迎えます。

「池のまわりは冷えてきて、酔客のほかに歩く人は見えない。西側の薄い町屋のうしろは本郷の台地であった。料理屋の並びを過ぎて台地の下を歩いてゆくと、道の先は暗淡としてくる。しばらくして彼女はその花に気づいた。歩み寄ると中の見えない茶屋で、入口の掛け提灯の端に上野にはない紅い花が結んである。折枝の山茶花であった。(中略)振り返ると人影はなく、池の白鳥も見えない。中島の明かりの向こうには上野の山がただ黒く横たわり、やはり黒い池を見下ろしている。華やかな紅葉のあとだけに淋しい素顔を見る気持で彼女は立っていたが、やがて思い切ると、そっと花を手に取り、今は東都のどこよりも信じられる確かな夜の中へ入っていった。」

という最終回の末尾を読んでいると、江戸蒔絵の将来に命をかけようとするひとりの女性のけなげさと人の命のはかなさ、そしてかけがえのなさが、夜のしじまに溶け込もうとする池の端界隈のしみじみとした情緒とともにわたしたちの胸にそくそくと迫ってきます。

この小説の作者は乙川優三郎という人ですが、主人公の女性を中心に、抱一や其一などの人となりまでくっきりと浮かび上がらせたばかりか、当時の日本画や蒔絵作家が置かれた製作状況やその芸術的葛藤にも深く筆をさし入れ、私たちを親しく江戸の工房に出入りさせてくれました。老大家、中一弥の挿絵も毎回「これぞ江戸の華」と思わせる上品な色気が漂う凛とした力作ぞろいでじつに見ごたえがありました。

惜しまれつつ終了した本作と対照的なのが、日経の朝刊で延々なんと340回も連載を続ける「甘苦上海」という高樹のぶ子の小説です。主人公はいま世界でもっとも注目を集める中国経済の中心地上海でビジネスに取り組む50代の女性で、みずからの欲望に忠実な彼女の激烈な、そして悲愴感みなぎる生と性がテーマといってもよいでしょう。

ここでは中国、上海、少数民族問題、グローバル経済、ビジネス、癒しのアロマテラピー、熟年女性と若い男との大恋愛などなど、いまどき世間で流行中のキーワード的主題が目白押しです。しかし作者が表層のいわゆるひとつのトレンデイな枠組みを気取り、主人公に激しく思い入れをすればするほど、壮大な大河小説のたがは前後左右でどんぐりころころ脱輪し、もはやカッコイイ同時進行スタイル現代小説どころか、ただただ浅墓な醜女の深情けを下品に露呈する4畳半襖の下書き風落書のていたらくに陥り、結局は大昔から存在する通俗恋愛小説の超低空をあえぎあえぎ飛行しているようです。

かつて昭和の昔に、小説の主題の積極性は小説のアクチュアリティーを保障するとかしないとかいう議論が行われたと記憶しますが、当節再流行の小林多喜二の「蟹工船」と同様、高樹女史の「甘苦上海」が提出した「主題の積極性」は空虚そのもので小説のていをなさず、包装紙の斬新さとは裏腹に、その実態はまことに旧態依然たる陳腐な三文恋愛小説の王道を無様に疾駆しているといえましょう。
♪花の名をよく知るひとの床しさよ 茫洋

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