Thursday, September 24, 2009

道永のらん著「人間さまの手のひら」を読んで

照る日曇る日第292回

都会の中に住んでいるのは人間だけではありません。犬も猫もゴキブリもカラスもタイワンリスも住んでいます。この小説の主人公はそのうち私たちのもっとも身近な存在である猫たちです。

主人公「ねず」は生後四か月を迎える前に誰かに捨てられた雌猫。ひとりぼっちで置き去りにされて苦労しますがマンションの三階のベランダに居を構えるさくらママとその子のぶち子と同棲するようになってから、ようやくみずからの猫人生のスタートを切ることに成功するのです。

それからメンズ猫に処女を狙われる“エロの季節”、「地域猫」なるコンセプトで地域で愛される猫作りを目指すNPO活動推進者のおかげで強制的に避妊手術を受ける“受難の季節”、近所の公園でおししい食事にありつく“グルメの季節”を経て、われらがヒロインはけなげにも逞しい前進を続けるのですが、ある日トラックに轢き殺されそうになったところを雄猫のパクによって命を助けられます。

パクが身代わりになってくれたのおかげで彼女は九死に一生を得たのです。しかし、そこからねずの自分史上最大最高の危機がはじまります。
安住の地であったベランダからも、多くの友人たちと交流できた公園からも「追放」された彼女は、またしても放浪の身となり、「いったい死んでしまった猫はどうなるのか?」、「猫における存在と無の相関関係はいかがなものであるのか?」という猫哲学上の重大問題に直面し、その場で立ち往生してしまいます。

この煩悶を解決すべくねずははるかなる山寺に棲むという老いたる寺猫「仏っさま」を尋ね、その猫知に長けた貴重な人生哲学に接し、起死回生を果たします。
「ねずや、けっして死を恐れてはならぬ。死は終わりではない。今生での死はみ仏さまのもとへ戻り、もういちど新たな命としていつの世かに生まれ落ちるための、長い長い眠りの時間なのじゃよ」
と親しくさとされたねずは、死を恐れずにおのが猫生をまっとうする決意を固めたのでありました。

ここから新規一転、生まれ変わったねずは絶世の美女猫「ヒメ」の遺児を救おうと獅子ならぬ猫奮迅の大活躍を開始するのですが、ちょうど時間がよろしいようで。
いずれにしても猫を心から愛する人ならではの人猫一体の幻想的な雰囲気、そして克明周到な観察から生まれた創造性豊かなストーリーテリングが見事です。

なお、どうしてもその小説の顛末が気になる方は、わが親愛なるマイミクさんの「ねずちゃんさん」に尋ねてみてくださいな。


♪横浜の坂の途次なる三差路のビルの上なる2匹の猫かな 茫洋

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