降っても照っても第60回
最近亡くなった藤原伊織の遺作「オルゴール」と同じく未完の短編連作「遊戯」全5編が収められているが、やはり後者の雄大な構想と読み進むにつれて高まるスリルとサスペンスが心に残る。
登場人物は人材派遣業種に勤務する30代の男性と、ネットで知り合った20代の女性、その二人を脅かす謎の中年男という設定だが、著者は得意とするインターネットや広告・モデル業界やテレビCM制作現場の知見をフルに活用して、平成十九年の御世に棲息する同時代人の、格別面白くもない日常を平凡に生きる喜びと悲しみを知的に抑制された筆致で淡々と描き出していく。
しかしそれだけではなく、この物語では、パソコンゲームや派遣ワーカーやワインや道玄坂のバーやホテルや冷たい拳銃や銃弾やバイオレンスなどの、いかにもありそうな道具立てが手際よく点描され、いまどきの若い男女がクールに交わす乾いた双方向コミュニケーションの情景が上出来の風俗画のように次々に繰り広げられ、読者の心をしっかり捉えて離さない。
恐らくは全編の半分の道程で静かなること山の如きこの見事なサスペンス心理大作が著者の死によって永遠に途絶してしまったことは、まことに残念至極である。
しかし旧弊な人である私は、この作家が叙述文の中で頻繁に使用する、「なので」といういまどきの話し言葉がとても気になった。やはり味噌と糞とは区別しなければなるまい。
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