降っても照っても第66回
1949年10月、母国コロンビアで駆け出し新聞記者として活躍していたガルシア・マルケスが由緒あるサンタ・クララ修道院の地下納骨堂で見たもの、それはシエルバ・マリア・デ・トードス・ロス・アンヘレスの頭蓋骨から伸びた22メートル11センチの長さの赤銅色の乱れ髪であった。
周知のように、人間の髪は毎月1センチずつ成長するもので、それは死後も尚続き、200年間で22メートルというのはごく平均的な数値らしい。聖トマス・アクイナスが書いたように「髪の毛は体の他の部分よりもずっと生き返りにくいもの」であるようだ。
マルケスは若き日のこの鮮烈な体験は、子どものころ祖母によって聞かされた「12歳で狂犬病で死んだ、長い髪を花嫁衣裳の尻尾のようにひきずる侯爵夫人令嬢」の伝説と重なり、神父と聖少女、聖霊と悪霊が熱に浮かされたように交わる異様な愛の物語を生み出した。
狂犬病に冒されたはずなのに死なない美少女シエルバ・マリアは、6度の悪魔祓いに耐え抜き、異端審問所で有罪判決を受けた永遠の恋人を「きらきら輝く目をして、生まれたばかりのような肌のまま」待ち続けながらみまかるが、「その剃り上げられた頭骨からは新しい髪の毛があぶくのようにふきだし、伸びていくのが見られた」のである。
当節のへなちょこ恋愛小説をあざわらう世紀の大恋愛意物語に、とくと耳を傾けよう。
金木犀業火盛んに燃ゆるごと 芒洋
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