闇にまぎれてbowyow cine-archives vol.22
夭折した山中貞雄の現存するたった3本のうちの1本がこれ。昭和10年1935年製作の時代劇ですが、監督本人がこの映画をてんで時代劇とは思っていないために生まれるおもいがけない表現世界の自由闊達さ、天衣無縫さがこの映画の最大の魅力です。
時代劇を時代劇として撮るリアリズムは次第にわが国の映画作法の主流となりますが、黎明期のこの頃は、まだそういう判で押したような文体がスタンダードなものではなかったことをうかがわせます。
若き監督の常識にとらわれない自在な発想と懐の広さから飛び出してくるユーモアとウイット、軽妙な会話と物語の快調なテンポがいかにも素敵で、現代人にも通じる喜怒哀楽のひとつひとつが思いがけず胸に迫ってくるようです。
ここでは丹下左膳(大河内伝次郎)と射的屋の女主人、道場主の馬鹿殿(沢村国太郎)とその細君という2つのカップルが登場して物語を動かしていくのですが、そのいずれにおいても男性は女性に完全に操縦されるお人よしである点もほかの時代劇には見られない特徴です。
林不忘原作・伊藤大輔監督の丹下左膳ものではニヒルな殺し屋として描き出されていた大河内伝次郎のイメージを、正反対の魅力的な喜劇役者として完膚無きまでに塗り替えたところに山中の独創と才気を感じます。
それにしても共演者の大半が天命を全うしたというのに、山中一人が28歳の若さで中国大陸で果てたとは、歴史の皮肉を嘆じないわけにはいきません。
♪隻眼隻手の主人公が健常者共をバッタバッタと切り殺す古今無双の林不忘のアイデア 茫洋
♪戦争は映画を殺す山中ありせば黒沢を超える名画を撮りしものを 茫洋
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