音楽千夜一夜第100回
偉大なオペラ作曲家の知られざる「名作」をはじめてビデオで見ましたら、私が持っているCD(イヴ・カラー指揮ニューヨーク・オペラ管の演奏)とは違って4幕物だったのでちょっとびっくりでした。レナータ・スコットがヒロインのフィデーリアを、ベルゴンツイが表題役を歌ったこのCDはハッピーエンドで終わる3幕物でしたが、ヨラム・ダビッド指揮トリノ・レージョ劇場管によるこの演奏は、突如ヒロインが敵役に殺されてしまう悲劇で終わってしまったからです。
このオペラの主人公エドガーは、友人フランクの清純な妹フィデーリアを愛していたのですが、ジプシー娘(最近ではロマと称するようだが余計なお世話)の官能的な魅力にひきずられ(この辺はカルメンに似ている)、同じ娼婦を恋していたフランクをナイフで傷つけたままアーモンドの花咲く村から逃亡します。(1幕)
しかし恋多き野生の女との酒池肉林生活に贅沢にも厭き厭きしたエドガーは、2幕で友人フランクが率いる軍隊に飛び込み志願し、祖国防衛戦争で死んでしまいます。(この辺のでたとこ勝負の筋書きがおもしろい)
ところがどっこいエドガーは、ぬなあんと生きていた!?(この辺のでたらめな展開には誰もが呆然としてついていけなくなる)そうして彼は坊主に身をやつして己の棺桶の傍でフィデーリアが涙を流したり、ジプシー娘が嘘泣きしたりするのを逐一観察しているのですが、3幕の最後でフィクションを明かし、性悪女を放逐して初恋のカルピスの味の処女の胸へと帰ってゆく。メデタシ、メデタシ1巻の終というのがCDでした。
ところが去年の夏イタリアのトリノで行われた公演ではこのあと序幕と同じコーラスで始まる4幕の幕が開き、せっかく結ばれたはずのカップルの絆をジプシー女の鋭いナイフが永久に切り裂きます。仕合わせ転じて凶となる悲しい道行に、場内は涙、涙、また涙の幕切れでした。
プッチーニとしてはまだ若書きのオペラ2作目ですから、後年の旋律のきらめきはまだ暁天の星ですが、フィデーリアの悲しみのアリアなど盛り上がると、嘆かいはユヤーン、ユアーンと天まで昇り、イタリアのローカルオケが泣かせに泣かせ、観客ののんどはまるでイワシのようです。
4幕のもの静かなデユエットの伴奏では、緻密であるべきアンサンブルが突然ガタガタになるなど、あちこちに破綻もありましたが、まあこういうのがオペラの醍醐味なのでしょう。とにもかくにもおはなしが面白い、まるで歌舞伎のように楽しめるオペラでした。出演は以下のごとし。
エドガー ホセ・クーラ フィデーリア アマリルリ・ニッツァ ティグラーナ ユリア・ゲルツェワ フランク マルコ・ヴラトーニャ グアルティエーロ カルロ・チーニ トリノ・レージョ劇場合唱団 トリノ・レージョ劇場トリノ・ジュゼッペ・ヴェルディ音楽院児童合唱団 ヨラム・ダヴィド 指揮 トリノ・レージョ劇場管弦楽団 演 出 ロレンツォ・マリアーニ
(2008年6月25日 トリノ・レージョ劇場ライブ)
♪斬ったり張ったりちゃんちやんばらばらこれぞイタリア歌舞伎の醍醐味なるぞ 茫洋
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