Monday, December 14, 2009

金原ひとみ著「憂鬱たち」を読んで

照る日曇る日第316回


なんらかの理由で強烈なストレスをこうむり、強迫神経症ではないかと自分を疑っている若い女性、神田憂が、この物語の主人公です。

我々ならば別段気にも留めない日常茶飯事に対して、彼女はきわめて敏感に、過剰に反応し、喜怒哀楽が激しいのです。とりわけ諸事万端に対して「憂鬱」を感じてしまいます。

この本を読みながら、私は昔勤めていた会社の田村君という人のことをはしなくも思い出しました。田村君は仕事が行き詰まるといつも天井を向いて、「憂鬱のうつ!」と怒鳴って己の心身の内部に生じたやり場のない感情を外部に発散させていました。
田村君の隣に座っている上司の長谷部さんも同様にストレスを抱えていたようで、行き詰まった時には、「ヌルヌルの蛇があー!ヌルヌルの蛇があー!」と何度も抑揚をつけて清元節のように怒鳴り、隣の人事課の人たちをびっくりさせていましたから、この「ヌルヌルの蛇」が田村君の「憂鬱のうつ!」に連動した可能性はおおいにあります。 

このような会社や会社員は、昔も今も日本全国いたるところに存在しているでしょうし、そう考えればこの小説の主人公がおかれている状況についてもたやすく感情移入することができます。そう、いまや神田憂的症状は、きわめてトレンディーなのです。

しかしこの小説の主人公が、いとも簡単に陰部が濡れてしまう、と告白しているのはかなり問題です。街のそこかしこで出会う男性を見れば、その男と変態セックスしている自分を想像してあそこがうずいて困ってしまう、というのはきっと性的に満たされないなにかがあるに違いありません。

それなのに彼女はなかなか精神科に行こうとはしない。今日こそは行こう、行こうと思って自宅を出るのですが、たとえば秋葉原のラオックスへ行って店員のウスイ君からデンマを買ってしまったり、ベンツの座席でいやらしい中年男にまたがって顔面騎乗したり、その気もないのにインダストリアル・ピアッシングをしてしまったり、あろうことか耳鼻科へ行ってしまったりしている。

これでは病状はますます悪化するほかありません。こんな性的妄想満載ポルノ小説を書いている暇があったら、一刻も早く精神科へ行くべきでしょうね。冗談はともかく、見事な技巧を駆使して構築された自我探求小説です。



 ♪これはフィクションか私小説かどっちでもいいけどそれが問題だ 茫洋

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