Wednesday, November 01, 2006

音楽が聴こえ、演劇が見えてくる批評

私は、あまり他人の文章を読んで感激しない非人情な人間だが、例外もある。

先日畏友、北嶋孝氏(マガジン・ワンダーランド編集長)の『千秋残日抄』“第5回 青い鳥「夏の思い出」の思い出”を読んでとても心をうたれた。

劇団「青い鳥」の歴史的公演をじんわりと回顧する、知と情意が美しく調和した、ほとんど奇跡的な達意の名文である。

自分が一度も見たことがないお芝居について書かれた文章に感動するなんてはじめての経験であった。

朝日新聞では吉田秀和氏のエッセイ「音楽展望」がついに再開された。

この人が03年に亡くなられたドイツ人の奥さんと手に手をとって鎌倉の街中をゆっくり歩いている姿を時々見かけたものだ。

愛妻を亡くしたショックから徐々に立ち直りつつある音楽批評のゾシマ長老は、すでに「レコード芸術」誌上では健筆をふるっておられたが、ついに朝日にも復帰されたわけで慶賀に耐えない。

 しかも氏は、私の好きなモーツアルトについて書いている。

フルトヴェングラーが戦後再開されたザルツブルグ音楽祭で指揮をした「ドン・ジョバンニ」について氏が述べているくだりを眼にした瞬間、私の耳に、突然その指揮者特有の重々しい序曲が鳴った。

その人のたった1行の文章から実際に聴こえてくる音楽…これこそが本物の音楽批評というものだろう。

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